立憲民主党の特例法改正案を糾弾する

2024年6月22日
性同一性障害特例法を守る会

 2024年6月11日、立憲民主党は「GID特例法改正法案」を衆院に提出しました。

立憲民主党 > ニュース >トランスジェンダーの性別変更要件を緩和する「GID特例法改正法案」を衆院に提出
https://cdp-japan.jp/news/20240611_7900

 私たちはGID当事者であり、まさにその当事者者として、立憲民主党のこの手術要件を不妊要件(第四号)外観要件(第五号)ともに全廃する法案を強く批判し、撤回を要求します。

 去年の最高裁判決で、手術要件の一部(不妊要件)が違憲と判断されましたから、改正をタイムテーブルに乗せること自体は政治家の役割であるとはいえましょう。しかし、この特例法とは、まさに「手術要件ありき」で作られた法律です。手術要件という客観的に判断可能な「条件」があるために、医師2名の診断によって戸籍性別を変更できる、という構造になっている法律です。

 しかし、この立憲民主党案のように「手術要件を外観要件・不妊要件ともに廃止する」のならば、この医師の診断の重要性は、今までと同じ水準で捉えることはできません。また、特例法ではこのGID診断を下すことのできる医師の資格をとくに問うていませんから、現状「医師であれば、誰でも」性同一性障害の診断を下し、かつそれが法的性別変更のための医者のお墨付きとして通用してしまうのです。まさに「手術要件」が歯止めとなっていたのです。

 手術要件を廃止するのならば、この医師の資格を制限するなどの医療にかかわる大前提についての議論が必要なのです。特例法制定にも携わった精神科医針間克己氏も「手術要件がなければ、どんな基準で性同一性障害を診断したらいいのか、わからない」と語り、この立憲民主党案はまったく専門医の現実を見ていない机上の空論であることは明らかです。

 みなさん、考えてもみましょう。今までは性別適合手術を受けているという事実の重みのために、診断書が比較的軽い扱いでも問題が少なかったのですが、手術条件が外れてしまえば、専門医でも何でもない町医者の診断書によって、戸籍性別を変更可能になるのです!!

 立憲民主党のこの案は無責任極まりないものです。

 手術が要求されないならば、犯罪的な目的を隠して戸籍性別を変更することも容易になります。一切医療を受ける気がない男性が女湯などの女性専用スペースに突撃したとして、「そのうち戸籍性別を変えるつもりでいた」と弁解して罪を逃れようとするのを止められなくなります。
 手術なしで男性から女性へ戸籍変更をして、性暴力をふるった場合には、被害者の女性に甚大な被害が及ぶだけではなく、またそんな「戸籍性別変更を認めた医師の責任」も問われることになります。
 また悪意ではなく思い込みで性別変更をしてしまう例は、アメリカのベストセラー「トランスジェンダーになりたい少女たち」でも実例たっぷりで紹介されましたが、戸籍性別を気軽に変更できることに、何のメリットがあるでしょうか。手術はなくとも、無責任な診断で深刻な被害をもたらしかねない性ホルモンを摂取するハードルが下がることは、本人にとってもデメリットしかないのではありませんか。条件を緩くすることは、犯罪を招くだけでなく、本人の後悔の原因にもなりかねないのです。

 活動家たちは「門番は要らない」と叫びますが、専門医がしっかりと「門番」の役割を果たすことで、私たち性同一性障害当事者は、特例法以降の20年間社会から受け入れられてきたのです。けして性犯罪者でもなく、真剣に社会的な性別移行を試みているマジメな人たちである。こんな信用は「条件緩和」によって失われるのです!

 また、今まで真剣に性同一性障害に向き合い、診断を下してきた専門医は、「診断を下したあとで、その患者が性犯罪を犯した場合の責任を取らなくてはならなくなるから、なるべく診断書を書かないようにしたい」と自衛することでしょう。そうなれば、商売本位で責任を取る気が一切ない町医者が気軽に発行した「診断書」によって、性別変更がフリーパスで認められることになります!
 悪貨は良貨を駆逐する、のたとえそのままの事態が起こりかねません。

 さらに言えば、現在の第三条の2、

(現行) 前項の請求をするには、同項の性同一性障害者に係る前条の診断の結果並びに治療の経過及び結果その他の厚生労働省令で定める事項が記載された医師の診断書を提出しなけれなばならない
(立憲案) 前項の請求をするには、同項の性同一性障害者に係る前条の診断の結果その他の厚生労働省令で定める事項が記載された医師の診断書を提出しなけれなばならない

と、医師の診断書の内容を簡略化しようとさえしています。これでは家庭裁判所も「この診断書がまともな診断の結果なのか?」と判断に困るような状況さえ、立憲案は肯定しようとしているのです!

 現在でも、「一日診断」と呼ばれる、ロクな診察もせずに性同一性障害の診断書を書くモラルを欠いた医師の問題が指摘されています。さらには、対面診断さえもせずに、オンラインでの形式的な診断で書いている、というケースも報告されています。

 こんないい加減な「医療」が横行するならば、マトモな医療は委縮するばかりです。これは私たち当事者にとって最悪の事態です。まさに専門医の存在意義が問われ、ジェンダー医療の意味がなくなるという極めて危険な法案を、「人権」というキレイな言葉で頭がいっぱいの立憲民主党議員は考えもなく提出してしまったのです!

 私たちはこの立憲民主党の暴挙を許せません。

福山哲郎参院議員(SOGIに関するPT顧問)は「最高裁の判決が出て、立法府の不作為が本当に問題になっていることが示されていた。早急にやらなければいけないと思うし、ICD-11(国際疾病分類・第11版)においてLGBTQは障害ではないと明示されたことが大変大きい。そのことも1日も早く世間に知っていただき、当事者の皆さんがより生きやすい社会を作ることが大事だと思っている。この改正とともに、名称移行についても強く厚生労働省に求めていきたい。各党におかれては、最高裁の判決の後の法改正で、国会の不作為が問われないように責任を果たすよう、協力をお願いしたい」と述べました。

https://cdp-japan.jp/news/20240611_7900

福山議員はICD-11で「LGBTQは障害ではなくなった」と甚だしく理解不足なことを述べていますが、ICD-11 においても「性別不合(性同一性障害)」は医療介入が必要な「病気」の一つです。ただ分類が「精神疾患」から「性の健康に関わる状態」へと移動しただけであり、そのまま「疾病分類」にとどまっています。脱医療化された「同性愛」とはまったく扱いが異なるということを、福山議員は理解していないようです。

 こんな大雑把で解像度の低い認識の議員が、この医療と法制と、社会秩序について複雑に絡み合った問題について発言することに、私たちはうすら寒い思いをしています。まさに「無能な味方は敵より悪い」ではありませんか?

 私たちの希望は「脱医療化」ではなく、ジェンダー医療の充実です。

 そして、しっかりした医療を実現するためには、的確な診断と深い専門研究が必要です。これはいわゆる「人権モデル」とは正反対のものです。

 今年3月には、WPATH(世界トランスジェンダー健康専門家協会)の内部ファイルが流出(*1)し、「トランスジェンダーの人権」を謳う団体がその医療の中で、不十分なインフォームド・コンセントや不十分なエビデンスの元に、一方的な押し付けのような医療行為を繰り返していたことが明るみに出ました。
 「脱医療化」の旗を振っていたこの団体の一大スキャンダルによって、この団体が今まで発表してきた、この団体が提案するトランスジェンダー医療とそれをまとめた医療ガイドラインの正当性に疑問が寄せられるようになってきています。
 たしかにこの団体のガイドラインが、国際的に様々な国やWHOなどでも採用され、昨年の最高裁の判決にも影響していますが、この「人権モデル」が、正当な医療の資格であるエビデンスを欠いた状態で運用されてきたことが、暴露されたのです。

 日本のジェンダー医療は「保守的である」と、

西村智奈美衆院議員は「性同一性障害特例法が成立した2003年当時は、世界最先端をいく法律だと言われていたが、20年の間に世界的な状況もかなり変わってきて、日本の特例法は遅れをとったということだと思う。まだ性同一性障害という名称をどうするかという課題は残っているが、ぜひ成立させて、次のステップに踏み出せるようにしたい」と述べました。

https://cdp-japan.jp/news/20240611_7900

西村議員は述べていますが、実は日本のジェンダー医療と特例法こそが、エビデンスに合致した真剣な医療だった、と私たち当事者もとらえています。現在、完全に潮目の変わった海外でも今からは「エビデンス重視」が主流となることが予想されます。

 立憲民主党議員は「人権」という美名に躍らされた、不勉強な人々であると言わざるを得ません。

 今までも「同性婚実現のため」と称して、民法の夫婦関係を表現する「夫婦」「父」「母」という文言を、形式的・辞書的に「親」と置き換えた粗雑な法案を提出していたりもします。

立憲民主党 > ニュース >「婚姻平等法案」を衆院に提出
https://cdp-japan.jp/news/20230306_5554

これではタダのパフォーマンスではありませんか?あまりに拙速で形式的な法案提出に、世論は失笑しています。

 しかし、公党としては許されない、このような無責任で場当たり的なパフォーマンス政治を続けていることに、国民は気がついています。アリバイ的に「当事者に寄り添う」政策が、その当事者自身によって見透かされ、拒絶されるのであれば、責任ある政党と言えるのでしょうか?

 このような拙速な法案提出は無責任です。
 私たちは医療体制の再構築の上でのみ、特例法の改正論議が行われるべきだと考えます。

 「人権」という立派な目標を掲げるのもいいでしょう。
 しかし、その実質がまったく伴っていないという現実に目を背けてはなりません。

 私たちは当事者団体として、この立憲民主党案に対して明確に反対の意見を表明し、かつ立憲民主党に抗議いたします。

以上

PDF: https://gid-tokurei.jp/pdf/20240622_hihan_rikken_kaiseian.pdf