女性スポーツについての私たちの見解

東京オリンピックで女子重量挙げに出場したローレル・ハバード選手やら、アメリカの大学女子水泳のメダルを得たことで物議をかもしたリア・トーマス選手やら話題になったことで、MtF トランスジェンダーと女子スポーツという問題が、大きく浮上しました。
トランスジェンダーの社会参加を促進するという大義名分で、IOCや各種競技団体がトランスジェンダーの女子競技への参加を認めましたが、「女子スポーツに MtF トランスジェンダーが参加することは、不公平だ」という声が、女性を中心に強く上がったために、現在状況がいろいろと変化しつつあります。少しこの経緯を整理し、そして私たちの見解を述べようと思います。
(本来、私たちは「トランスジェンダー」という言葉を自分たちの問題について使いませんが、女性スポーツの記事では「トランスジェンダー」と書かれるのが通例なので、ここではそれに従います。同様に「インターセックス」という表現も不適切ですが、参照元に準じて使います。)

方針転換がトレンド

もともとIOCは2004年から時代に先駆けてトランスジェンダー選手の大会への参加を認めていました。2015年に制定したトランスジェンダーや「インターセックス」選手の参加に関するガイドラインでは、トランスジェンダー選手の競技参加の是非は、テストステロン(男性ホルモン)の値によって判断されるとしたわけです。現在において、テストステロンが低ければ「男性としての優位性がない」としようという基準設定をして「公平」とインクルーシヴの平衡をとろうとしたのですね。
しかし、後述しますが、IOCが定めた一律のテストステロン基準にはさまざまな問題が指摘されました。この件でキャスター・セメンヤ選手の出場機会が奪われたことから、係争事件にまで発展しましたし、テストステロン値と運動能力の相関性に疑問も持たれています。ですのでこのテストステロン値規制は失敗があらわになり、2021年11月にはIOCの統一基準ではなくて、各競技団体ごとの「基準」によって、トランスジェンダー・性分化疾患当事者のアスリートの問題を裁定すべし、ということになりました。

その結果、それぞれの国際的な競技団体ごとに、女子スポーツへの参加基準が設定されてきています。このところの混乱に懲りたかたちで、各競技団体の女子スポーツへのトランスジェンダー参加にはかなり強い制限がかかるのが通例となっています。

2020年9月10日:ワールドラグビー。国際レベルの女子ラグビーへのトランスジェンダー女性の 選手の参加を推奨しない
2022年6月19日:国際水泳連盟。トランスジェンダーの選手について、男性の思春期をわずかでも経験した場合は、女子エリートレベルの競技への出場を認めない
2022年6月21日:国際ラグビーリーグ。トランスジェンダーの選手について、女子の国際試合への出場を禁止
2023年3月24日:世界陸連。トランスジェンダーの女性が国際大会で女子カテゴリーに出場するのを禁止
2023年7月14日、国際自転車連合。男子として思春期を過ごしたトランスジェンダー選手による女子種目への出場を禁止

各競技団体の決定からは、次の傾向があると結論していいでしょう。

  • トランスジェンダー女性の、エリートレベルの女子競技会への参加は公平ではないために認められない。
  • テストステロン値による参加基準は採用されない。
  • トランスジェンダー女性の参加が認められるケースは、「男性としての思春期を経験していない」場合だけである。
  • 性分化疾患を抱える女子選手については許容される。染色体検査やテストステロン値による排除はもはや「科学的」ではない。

言いかえると、一時の混乱を教訓として、スポーツ界も正常化に大きく舵を切った、ということです。やはり、トランスジェンダー女性の選手が、女子競技でメダル独占などの、いかにも「不公平」な結果になるのを、競技団体としては座視できなかった、ということです。

テストステロン値規制とキャスター・セメンヤ

それほど身体的な男女の差は、身体能力を競うスポーツの場面では、如実な成績の差につながります。いかにLGBT活動家団体が「インクルーシヴ」を叫ぼうとも、この現実を競技団体としても無視し続けることはできません。とくにエリートスポーツでは、成績が人生を大きく左右します。チャンスを奪われた女子選手のくやしい気持ちを思いやれば、エリートスポーツでの「生得的なメリット」のある MtF トランスジェンダーの活躍は、まさに男性として形成した肉体が覇を唱える「不公正で不当なもの」であることに間違いありません。さらに「性自認」主義によって、性器手術さえも要請されずに、性ホルモンによってテストステロン値を抑制するだけで判断されるのならば、女子更衣室などで女性選手に対する性的な脅威にさえにもつながりかねません。

つまり、一見して「科学的」とされるテストステロン値によって、競技への参加を決めるという方針が大きく誤っていたことを、競技団体は認めたわけです。たとえば従前「トランスジェンダー女性は12か月間テストステロンを5nmol/L以下に抑えれば女子カテゴリーで出場することができる」というようなルールが定められたわけですが、それまでに形作られた肉体の性能が不問である、ということにも大きな欠陥があるわけです。
同時に、テストステロンの値と競技上の成績との間に、しっかりとした相関がないことも問題になります。このあおりを食ったのが、性分化疾患当事者のアスリートたちです。

2012年ロンドンと2016年リオの女子陸上800mを連覇したキャスター・セメンヤ選手は、アンドロゲン不応症という性分化疾患を抱えています。遺伝的にはXYで男性型なのですが、男性ホルモンの受容体がないために、身体的には女性型で発達し、生まれてからこの方「女性」としてずっと成長してきた選手です。体内では男性ホルモンが作られますが、この男性ホルモンは受容体がないために男性化の機能を果たさずに、使われなかった男性ホルモンは女性ホルモンに変換されて、女性としての身体の発達を促します。
この結果、血中でのアンドロゲンの濃度が高く、国際陸連のアンドロゲンの基準にひっかかり、国際陸連とのローザンヌのスポーツ仲裁裁判所での裁判で、アンドロゲン基準の正当性が認められたことで、東京オリンピックでの800m競技への参加資格を奪われました。
このような高アンドロゲン女性の場合、男性ホルモン受容体がないために、実際には男性ホルモンとしての機能を持ちません。高アンドロゲンだからといって、スポーツでのアドバンテージがあるわけではないのです。まさに「誤った科学の使い方」であると言えるでしょう。同様な理由で規制を受け、東京オリンピックでは他にナミビアのクリスティン・エムボマとベアトリス・マシリンギの二選手が出場機会を奪われています。

いいかえると、トランスジェンダー選手を「インクルーシヴ」するために、不当な差別によって女子選手の正当な権利が奪われたわけです。アンドロゲン濃度という一見「科学的」な指標と「インクルーシヴ」の美名に惑わされて、大変な差別を巻き起こしたのが、この女子スポーツにおける「トランスジェンダー問題」だった、とすでにもはや結論付けることができるでしょう。

ですから、日本で「トランスジェンダーと女子スポーツ」について、改めて議論する必要もありません。ただただ最新の国際な競技団体の動向を報告すればいいだけです。

補足:トランスジェンダー男性の男子競技参加について

このような流れの中で、「オープン競技」のカテゴリーが新設・あるいは男子競技が「オープン競技」を謳うようになってきています。「男子」ではなくて「誰でも参加できる」という意味への変化です。ですからトランスジェンダー女性も「オープン競技」に参加することになります。これは正しい方向性です。
女子競技は、女子のスポーツへの参加を促し、男子との身体的な差を前提として保護されることを意図して「女子スポーツ」として成立しました。ちょうど「女子トイレ」が女性の安全を保障するために「女性専用」であるとの同じ理屈であるわけです。
逆に実力ある女子選手が「オープン競技」にチャレンジすることは、大いに歓迎されるべきです。

この時、トランスジェンダー男性ならどうなるのでしょうか。
もちろん、「オープン競技」に参加することには問題がありません。しかし、性別移行の為に男性ホルモンを使う場合には、これがドーピングとなるわけです。
ですから、女子選手が競技生活を続けながら性別移行のためのホルモン療法を受けることは不可能です。
この非対称性については、なかなか触れられることがないのが、残念なことです。さらに言えば、人間の筋力に依存しないために、オリンピックで唯一男女無差別で行われる競技である、馬術の場合でさえも、男性ホルモンを使うことはドーピングとなります。

スポーツと公正には、「身体の公平」が深くかかわるために、これほど難しい問題をいろいろとはらんでいるわけです。

以上が女性スポーツについての私たちの見解となります。
尚、参考資料については以下に記載いたします。

参考資料

世界陸連、トランスジェンダー女性の女子種目出場を禁止
https://www.bbc.com/japanese/65060990

国際水連、トランスジェンダー選手の女子競技への出場を禁止
https://www.bbc.com/japanese/61862354

ワールドラグビー 、トランスジェンダー選手のためのガイドラインの改定策を承認
https://www.world.rugby/news/591776

自転車=UCI、トランスジェンダー女性の女子種目参加を原則禁止
https://jp.reuters.com/article/sport-idJPKBN2YV02Q

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 2023年4月20日、アメリカ下院 「スポーツでの女性と少女を守る法案」
「公的資金で運営する女性スポーツ競技会が、トランスジェンダー参加を認めた場合には、支援を取り消す」を可決。上院民主党多数のため成立は難しいが。
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女性スポーツ競技会から“トランスジェンダー排除”法案が米下院で可決 バイデン政権は反対
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/448725?display=1

トランスジェンダー選手のスポーツをする権利と公平性
https://www.sn-hoki.co.jp/articles/article2218832/

DSDsとキャスター・セメンヤ 排除と見世物小屋の分裂⑦「キャスター・セメンヤと有色女性差別」
https://nexdsd.hatenablog.com/entry/2023/01/06/215600

女子種目に出られなかった2選手、別種目で快走 物議醸す新規定
https://www.asahi.com/articles/ASP837F2TP83UTQP02Z.html